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シド工日記 (しどこうにっき)

仏師の流れをくむ彫刻一家にたまたま生まれ、私自身は5代目の彫刻家です。田島享央己(たじま たかおき)と申します。美術界の「フチ」にかろうじて手をかけている者ですので、どうかご存知のない方はこれを機会に覚えていただけると嬉しいです。

モネの時代に製造された水彩紙

 日本における石版画職人の第一人者でお馴染み、


摺師の尾崎正志さんから小包と手紙が届いた。


尾崎正志版画工房に石版リトグラフを描きに行って数日後の事。



その手紙がめっぽう面白いので我慢が出来ず

尾崎正志さんに許可を得て公開。









『 田島享央己さんへ


先日はお疲れ様でした。


本日は田島さんへの細やかなプレゼントを贈ります。

先日手渡しで持ち帰って頂く事も考えたのですが、移動の負担にもなると思い郵送する次第です。


お送りした紙は2種類。ともに水彩用紙です。


この水彩用紙は、1974年に1週間ほどロンドンの街を彷徨っていた時に見つけたものです。

アンティークショップの古地図棚の最下段にこの2種の紙がそれぞれ10枚ずつありました。


店主に尋ねると

「自分が先代から店を引き継いで50年になるが、開けたことが無かった。

古地図のケースだとばかり思っていた。」

とのこと。


ということは少なくとも1924年以前の紙ということになります。

画家モネの逝去は1926年ですから生前にはこの紙の存在を知っていたはず。






でも1914年に英国は第一次世界大戦に突入していますから

軍需産業の活動外で芸術方面の紙製造を行っていたとは考えづらいでしょう。

そして古地図棚の他の中身は明らかに19世紀の地図だから、

この紙を先代が仕入れたのは19世紀末以前は間違いない 

というのが店主との会話で得たものでした。


この紙は、紙の下辺に白透かしで 

TH SAUDERS という用紙会社名があり、

右下端に WATER FORD SERIES とエンボス刻印されています。

Thomas Harry Saunders という創業者名を冠した用紙メーカーは、

1840年に創業開始ですから、これ以後から1800年代末までに製造された紙である事は間違いありません。




帰国後は、しばらくこの紙の事は忘れていたのですが、

2001年に日本画家高山辰雄先生が開催される個展に水彩画を出品するので描いているが和紙では物足りない、

欧米の水彩紙を探したが今一つ水彩の滲み具合や発色が物足りないと嘆かれた事で

この紙の所持を思い出しマップケースから引っ張り出して提供したのでした。


この用紙シリーズは2000年時点も製造販売されているのですが、

高山画伯の言葉では、購入出来る物とは全く別物で実に気持ちよく絵具が染み込み

更に加筆にも表面が強く発色も素晴らしいとの事でした。


もちろん発表された『牡丹』の水彩画は素晴らしいものでした。


木炭で下絵を当たり、更にその粉を擦ったり、加えて水彩を与えるなどは田島さんにも共通している描画法でした。

田島さんにも喜んで頂ける物と思い提供する次第です。


製造の際に紙の繊維を繋ぐ『糊』を加える事をサイジングと言うのですが、

和紙の良質な物は『とろろあおい』という天然の植物から取る糊であり、

西洋紙の場合は『松脂』を使用して『ロジンサイジング』と呼ぶのです。


私は銅版画に使用する用紙がこのサイジングで硬い為に一晩程紙を水に浸す事で繊維をほぐす手間をかけます。


和紙はこの糊成分が原因で黴が生えますが、

西洋紙は保存さえ良くすると黴の心配はありません。



僕らは少しでも黴の発生した紙の状態を『風邪を引く』と言って嫌います。


今回お送りした紙は、この『松脂』成分が現代の物とは異なるのだと想像するのです。

保存も良好ですので時代を超えた風合いが生まれていると思います。


ロンドンでは2種の紙それぞれ10枚梱包を購入したのですが、

高山画伯に3枚ずつ。さらに義父の利根山画伯に3枚ずつ提供しました。


どうぞ使用してみてください。気に入らなかったらお返しくださいな。


それでは。


版画摺師 尾崎正志 拝  』














と、いう内容でした。


なんというロマン溢れる文章!


何べんも何べんも読みましたので暗唱できます。

写経も百巻に到達しそうです。








1840年から1800年代末に製造された水彩紙です。

これは私の大好きな

モネ、シスレー、ラトゥール、マネ、ルノワール、ドガ、セザンヌ、ゴッホ、

ルソー、ゴーギャン、スーラ、クリムト、ムンク、ロートレック、コロー、

ミレー、クール、カバネル、ブグロー も使っていた可能性があります。




読後、感動で血潮が煮えくり返ってぐんぐん頭へ逆上しました。








荷を解いて水彩紙を手に取る。














美しかった。

目眩を感じるほどに。


こんな貴重な、こんな美しい紙にはとてもじゃないが私には描けない。





意を決してこの紙の前に立ち、


筆を取った瞬間から怖さに足が震えた。




恐怖にさらされきった子羊の感覚だ。



畏れ多くて真っ青になり硬直してしまう。


暫く時が止ったかのように動けなかった。


小刻みな波のように、おののきが走り怒涛のような不安に怯えてしまった。










と、なるだろうなぁと思ったがニコニコ楽しく描けてしまった。







































IMG_7841.jpg


木炭、鉛筆、透明水彩を使用しました。





















普段はアルシュやファブリアーノ、キャンソン等を愛用しています。


『画材大好きおじさん』ですので今買える紙はほとんど試しました。

もちろん現代のサンダース・ウォーターフォードも使っていますが、これは明らかに違う!


他のどの紙とも似ていない。

表面は繊細で柔らかいのに強靭で全くヘタレない。水を良く含み発色も良いので最高に楽しく描けてしまった。










この紙は

あと、数枚ある。






楽しみで頬が火照り胸が弾む。



尾崎正志さんありがとうございました。

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  1. 2023/03/29(水) 18:42:25|
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